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和菓子
2019/11/01

亥の月、亥の日にいただくご利益満載の和菓子とは?

私ども総本家駿河屋は室町時代に始まり、先代から受け継がれてきた歴史と伝統とともに、皆さまに愛され支えられてまいりました。

時代を経ても輝きを失わない定番の味わいも、
新しい時代と共に進化していく革新的な味わいも、

長年にわたって切磋琢磨しながら手を取り合ってきた『人』の想いが込められています。

今回は、西日本を中心に親しまれる、冬の訪れの風物詩『亥の子餅』をご紹介しましょう。

『亥の子餅』に込められた様々な意味

『亥の子餅』は、餅を亥(猪)の子ども=うり坊の形に象った餅菓子です。
旧暦10月の亥の日、亥の刻に『亥の子餅』を食べると無病息災となり、多産の猪にあやかれる子孫繁栄という意味で古代中国から伝わりました。
(2019年の亥の日、亥の刻は11月10日午後10時頃です。)

日本が『亥の子餅』の風習を取り入れ始めたのは平安時代の頃。
『亥子祝』として貴族の間に広まり、紫式部による『源氏物語』の葵の帖に登場するほど、ポピュラーなイベントだったそうです。

その後も『亥子祝』は、室町・江戸幕府でも正式な行事として行われるようになり、地域、階層によって『玄猪餅』『厳重餅』『能勢餅』など餅の呼び名や見た目を変えながら広まっていきました。

そんな中、無病息災・子孫繁栄に加えて新たな意味づけが2つ追加されました。

1つ目は火除け
陰陽五行説の亥は水の性質を持っているため、江戸時代の庶民の間で『亥子祝』の日に『亥の子餅』を食べ、囲炉裏やこたつなどを使い始めると火事が起きないという風習が広まったのです。
それが茶道の世界でも浸透し、お茶の湯を沸かす際、10月までは卓上型の風炉を使い、亥の日からは床に備え付けられた地炉を使う炉開きを行い、その席で『亥の子餅』を食べる習慣が今も続いています。

2つ目は収穫祭
亥の日が米の収穫時期と重なるため、田の神様にお米の収穫を感謝する『亥の子祭り』が、広島をはじめとして、京都、山口などで今も行事として執り行われています。
祭りの日には地域の子どもたちが各家をまわり、亥の子の唄を唄いながら亥の子石という地突き石で地面がへこむまで叩きます。すると土地に憑りつこうとする邪神を祓うことができるので、その御礼として家の人が子どもたちに『亥の子餅』を配ってくれるのです。

秋に子どもたちが家をまわり、特定のフレーズを唱えたあとでお菓子をもらう。これはまるで最近日本でも定着してきたハロウィンのようだと思いませんか?
(近年のハロウィンは仮装に注目が行きがちですが、元々は古代ケルト人が起源とされる収穫祭だったのです。)
ハロウィンの文化が日本に伝わるよりはるか昔に、すでに似た行事があったと思うと、なかなかに興味深いものがありますね。

シナモンと白胡麻の風味漂う駿河屋の『亥の子餅』

このように『亥の子餅』には様々な意味とご利益があるのですが、みなさんもそろそろ俄然食べたくなってきたのではないでしょうか。

地域によって形状の異なる『亥の子餅』ですが、京都伏見発祥の総本家駿河屋の『亥の子餅』は、スタンダードな うり坊に似せた可愛らしい佇まい。
もちろん菓子職人たちが一つ一つ手作りで仕上げています。

シナモン(ニッキ)と白胡麻を練りこんだ餅の中に、黒い水飴入りのあんこがみっちり詰まった逸品で、シナモンの香り、白胡麻の風味、餅の絶妙な柔らかさ、あんこの上品な甘味、それぞれの旨味を職人たちがバランスよく調和させています。
※こちらは11月1日~20日までの期間限定販売となります。

今年は12年に1度の亥の年。
ぜひ、亥の月、亥の日、亥の刻に片付けてあったこたつを用意し、家族で暖まりながら総本家駿河屋の『亥の子餅』を召し上がってください。
みなさんに、例年以上の素敵なご利益があるかもしれませんよ。

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