特集

和菓子
2019/06/01

改元とともに生まれた古の伝統『嘉祥』にまつわる銘菓とは?

私ども総本家駿河屋は室町時代に始まり、先代から受け継がれてきた歴史と伝統とともに、皆さまに愛され支えられてまいりました。

時代を経ても輝きを失わない定番の味わいも、
新しい時代と共に進化していく革新的な味わいも、

長年にわたって切磋琢磨しながら手を取り合ってきた『人』の想いが込められています。

1年365日。毎日なんらかの意味をもつ『○○の日』といった記念日が制定されていますが、皆様は来る6月16日が『和菓子の日』だということをご存知でしょうか?
今回は『和菓子の日』の誕生までの経緯と、それにまつわる総本家駿河屋の和菓子をご紹介しましょう。

『和菓子の日』の成り立ち

2019年は『平成』から『令和』へと改元された記念すべき年ですが、今から1200年近く前の西暦848年も、『承和(じょうわ)』から『嘉祥(かじょう)』へと改元された特別な年でした。

『承和』の時代は、国内で疫病などが蔓延。
承和15年(848年)6月16日、当時の天皇・仁明天皇は、人々の不安を払拭するべく御神託に基づき、「めでたいしるし」という意味の『嘉祥』へと改元しました。
その際に行われた疾病よけの儀式の中で、16日の『16』の数にちなんだ菓子や餅などを神前に供えたそうです。
この出来事がきっかけで、6月16日に菓子を食べて厄を払い健康招福を願う『嘉祥』という行事が始まりました。

最も行事が盛んだったのが室町から江戸時代にかけて。
室町時代に始まった総本家駿河屋においても、天保4年(1833年)当時の絵見本(見本帳)に行事でいただく『嘉祥菓子』を作っていた記録がありました。
そこには、『饅頭』『羊羹』『鶉焼(うずらやき)』『阿古屋』『きんとん』『寄水(よりみず)』『煮染麩(にそめふ)』『熨斗揉(のしもみ)』、計8種類の『嘉祥菓子』の記述があるのですが、本来、儀式に用いる『嘉祥菓子』は16種類。
いつの頃からか『嘉祥菓子』は『16』の『1』と『6』を足した7種類のみに減少したそうなので、8種類の中から7種類を選ぶスタイルだったのかもしれませんが、もしかすると当時の和歌山では8種類というしきたりがあったのかもしれません。※詳細は不明です。

そして、明治時代。近代化が進み、人々の生活習慣が激変していくにつれ、ついに『嘉祥』の行事は廃れ、執り行われなくなったのです…。

時は流れ、昭和25年(1950年)に全国和菓子協会が設立。
和菓子に関する様々な活動を行う中、昭和54年(1979年)に、和菓子の伝統文化を後世に伝えるため、協会が和菓子に深い縁がある6月16日を『和菓子の日』と制定したのです。

1日だけの限定販売、『あんもち』の魅力

総本家駿河屋では、『嘉祥菓子』とは異なるアプローチで『和菓子の日』にちなんだオリジナル限定菓子『あんもち』を生み出しました。
当初は『16』の数に合わせて16個入りで販売していましたが、『嘉祥菓子』が時代の変化に応じて数を減らしたように、現在は食べきりやすい5個入りに変更しています。

『あんもち』は、砂糖蜜を混ぜて絶妙な柔らかさに仕上げた餅を、艶やかさを際立たせた寒天入りのこし餡でくるんだもの。
「餡の品の良い甘さと餅の心地よい食感がたまらない。」と皆様から高い評価をいただいております。
※全店舗、6月16日の1日限りの販売です。早めに売り切れる可能性がございますので、事前予約していただくのがおすすめです。

はるか昔、改元された日に生まれた古の伝統を、同じく改元された年に体験できるということはなかなかありません。
今年の『和菓子の日』は、ぜひ総本家駿河屋の『あんもち』を皆様でほおばりながら、和菓子という古来より続く日本の素晴らしい文化を味わい、歴史の浪漫を感じてみてはいかがでしょうか。