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歴史
2019/02/01

先人たちに愛された駿河屋の和菓子

駿河屋の和菓子は、芥川龍之介や有吉佐和子などの文学者にファンが多かった?

私ども総本家駿河屋は室町時代に始まり、先代から受け継がれてきた歴史と伝統とともに、皆さまに愛され支えられてまいりました。

時代を経ても輝きを失わない定番の味わいも、
新しい時代と共に進化していく革新的な味わいも、

長年にわたって切磋琢磨しながら手を取り合ってきた「人」の想いが込められています。

今回は、前回の与謝野晶子に続いて、文学者たちとその著作に登場する駿河屋にまつわるエピソードを紹介していきます。

代表作の中に駿河屋の「羊羹」と「本ノ字饅頭」が登場。有吉佐和子(1931-1984)

有吉 佐和子は、和歌山県和歌山市出身の小説家・劇作家。日本の歴史や古典芸能、社会問題まで幅広く作品に取り上げ、多くのベストセラー小説を発表しました。

駿河屋の和菓子が登場するのは、代表作である『紀ノ川』。夫に羊羹を切るように命じられた妻が、羊羹の切り方を間違えて夫に文句を言われる描写があります。羊羹は当時高級品で、切り方ひとつにも決まりがあり、羊羹の扱い方で育ちがわかるということがうかがえたようです。


平成二十年には、作品を元に最高級の落雁が誕生。川合小梅(1804-1889)

川合小梅は、江戸後期から明治時代に紀州で活躍した画家。著作物としては16歳からおよそ70年に渡って書き続けた日記『小梅日記』が有名です。幕末から明治にかけて書かれた小梅の日記には、当時の生活や動乱が描かれており、明治維新後の士族の暮らしぶりを知るための貴重な史料となっています。

駿河屋のエピソードが出てくるのは、1859年8月23日の箇所。「朝するがやに饅頭、数二百取りにやる」と記載されています。この縁から、平成20年には讃岐産の和三盆のみを使用した最高級の落雁『小梅日記』が発売されました。

後の妻となる女性に駿河屋の羊羹を薦めたのは… 芥川龍之介(1892-1927)

芥川龍之介は、後に妻となる文に1917年7月に送った手紙の中で、横須賀から山口・岩国・京都と周遊した際、京都へは駿河屋の羊羹を食べに寄ったと記しています。その手紙の中では「甘みのうすい上品な羊羹ですこんど京都へ行つたらおみやげに買つてきてあげませうか」と、薦めています(『芥川龍之介全集第十巻』より)。

東京生まれ東京育ちで様々な女性遍歴もあったとされる芥川ですが「羊羹を食べるために京都へ寄った」という記述、そして後に妻となる女性に「買ってあげましょうか」と伝えたというエピソードからも、駿河屋の羊羹をかなり気に入っていたのではないかと思われます。誰が龍之介に駿河屋の羊羹を紹介したのか、ちょっと気になるところですね。


今回は、3人の文学者と彼らの著作物に記された駿河屋のエピソードをご紹介しました。江戸後期から昭和まで、様々な時代に活躍した文学者の著作に記されいていることからも、長きにわたって駿河屋ブランドが愛され続けてきたことが感じていただけたかと思います。